優柔不断を克服するマインドフルネス・仏教的な判断基準

当エントリが解決するお悩み

・判断に迷うことが多い
・一度決めても何度もブレる
・優柔不断で決められない

 

 

私たちはしばしば「あっちのほうがいいか」「こっちのほうがいいか」と悩んでしまい、そのことに多くの時間を費やしてしまいます。

しかし、人間はありのままに物事を見ることができず、あってほしいように物事を見てしまいます。

その結果、じっくり考えても正しく判断することができません。むしろ迷いに迷って結局後悔するハメに…。

そこで、物事をありのままに観ることを大切にする「マインドフルネス」や「仏教」の教えから、いくつか判断基準をご紹介します。

大前提:正しい選択などない

優柔不断な人の多くは、絶対的に間違いもない「正解」を探し求める傾向にあります。

point
・本当にこれでいいのだろうか…
・でも自分には無理だろうな…
・もっと安全な選択はないだろうか…

失敗したくない、間違えたくないという気持ちから、完璧な選択を求めてしまうのです。

正しい判断は、人間の観念でしかない

しかし、仏教では「未来のことを妄想するな」、と教えられます。

未来のことを考えたところで、未来は現実にはなく、人間の観念でしかないからです。

つまり、未来のことはまだ確定してない=分からないことなのです。

未来はまだ来てない、ゆえにわからない

今の瞬間には、文字通り”今”しか存在していません。

正しい選択という言葉を使う時、おそらく多くの人は「成功という結果」が得られる選択のことを指すと思います。

しかし、成功という結果は未来になって初めて分かるもの。今この時点では、未来は確定していないため、正しい選択など本来成り立たないものなのです。

先行き不透明

感情的に判断しないこと

結果には原因がある

正しい選択はないですが、正しい”であろう”選択であれば可能です。

仏教には「因縁」という言葉があります。因縁とは、「結果には原因」があるという意味です。

結果につながる原因が分かれば、ある程度、正しい判断ができます。

そこで、合理的に判断すれば、正しい判断になりうる選択ができるでしょう。

反対に感情的に判断すると、失敗する可能性が高くなってしまうのです。

正しい選択は合理的な選択

合理的な判断が好ましいということは、科学的にも立証されています。

Wood, N. L., & Highhouse, S(2014)[1]の研究では、人間の意思決定スタイルを5つに分けて、それぞれの選択と結果について「どれだけ後悔しているか?」について調査を行いました。

5つの意思決定のスタイルは以下のようになります。

1.合理的スタイル
⇒理性的に考えて決断する
2.直感的スタイル
⇒直感的したがって決断する
3.依存的スタイル
⇒周囲の決断に乗っかる
4.回避的スタイル
⇒決断を先延ばしにする
5.自発的スタイル
⇒とりあえず決断する

その結果、上記の意思決定スタイルの中でも最も後悔が少なかったのは「合理的スタイル」だったのです。

直感はうまく働けばよいですが、その場の感覚で判断するため、欲に駆られた行動につながりやすくなります。

また、そのほかのスタイルも根拠や理性に基づいていません。欲や怒りや無知が働いていると言えるでしょう。

感情で判断すると失敗する理由

仏教では、人間の悩み苦しみの原因を「貪瞋痴(とんじんち)」という言葉を使って説明しています。

貪(とん)⇒ むさぼり、異常な欲
瞋(じん)⇒ 怒り、嫉妬、憎しみ
痴(ち)⇒ 愚かさ、無知、バカ

例えば、ダイエット中なのに欲望に駆られて甘いものを食べてしまえば、あとで後悔することになります。

怒りに任せて、行動すれば人間関係が崩壊してしまいます。

そして、欲や怒りで行動すると悪い結果になるとわかっていてもやってしまうは、私たちに「痴」があるからです。

このように、貪瞋痴の感情で判断すると、必ず失敗してしまうのです。

現状維持で決断力が死ぬ

合理的に判断するのが正しいとわかっていても、決断できない原因は「バイアス」にあります。

バイアスとは、簡単に言えば人間の”偏見”のことです。

偏見があると、頭で合理的な選択だとわかっていても、感情的に判断してしまいます。

バイアスは複数ありますが、その中でも決断力に頻繁に影響を及ぼすのは、現状維持バイアス。これは現状に未知のもの=怖いと考えてしまうバイアスです。

最近はITの進歩によって、世の中の移り変わりも激しくなっています。

AI

そんな時に現状の固執してしまうと、正しい判断ができず、不合理な選択を取ってしまうのです。

例えば、電子決済やAIなど現在では便利に使えるツールが様々ありますが、これらの情報に疎いと世の中の流れに追いつけなくなり、どんどん生活しづらくなっていきます。

また新しいツールを使うべきだと分かっていても、現状維持バイアスがあると、必ず優柔不断が起こります。

現状維持バイアスの原因は執着

この現状維持バイアスの根本的な原因は「執着」です。

例えば、ダイエット中の人が甘いものを食べてしまうのは、甘いものに執着しているため。

普段から甘いを食べる習慣が身についていると、「ダイエットをしたい!」と思っても、現状維持バイアスが働いて、

Point
・健康的なものを食べる
・カロリーを気にする
・甘いものを控える

などの理性的な決断ができなくなってしまうのです。

甘いものに執着した結果、「健康的なものを食べなきゃ!」と思っても、スイーツを食べたくなる誘惑に駆られてしまいます。

外側の結果に正解も不正解もない

ここまで正しい選択ができなくなる理由について解説していきました。

正しい選択と言えば、自分が望んだ結果に到達できる選択と考えるのが一般的でしょう。

しかし、仏教では外側の世界にはあまり関心を持ちません。

それよりも、自分の心や体の「行為」に重きを置きます。例えば、ダイエット中の人であれば、ダイエットの成功不成功よりも、

 

  • 貪瞋痴の感情を抱いていないか
  • 理性的に物事が選択できているか
  • 他人と自分のために選択できているか

 

などの内面のあり方を大切にします。外側のことは正解も不正解もないですが、内側のあり方には正解不正解があると考えるのです。

ある結果に到達するための決断を「正しい決断」としてしまうと、

”今ここにないもの”

を追い求めることになります。

それが生きるために必要なものであればよいですが、大抵の場合「欲」や「怒り」を強化することになります。

一方で、内側のあり方大切にしていけば、副産物的に外側の結果もついてくるようになります。理性的に判断する人は、当然ダイエットも上手くいきます。

このように、外側を変えようと努力するのではなく、内側を変えていくことが真の正しい判断なのです。

仏教的な判断基準

合理的に決断するのが1番無難な決断方法ですが、ここでより具体的にブッダの智慧による判断基準を見ていきましょう。

必要不可欠か?

仏教ではすべての欲を否定しているわけではありません。それがストレスなく生きるための必要、もしくは便利であれば積極的に取り入れてよいのです。

簡単な判断基準としては、以下の2つを考えるよいでしょう。

ニーズ

⇒必要・便利なもの(常識的なもの)

ウォンツ
⇒欲求

このうちにニーズに該当するものは行う必要があります。

一方で、ウォンツに該当するものは不要なもの、つまり行うべきでないものです。

ただ、食欲などのウォンツでありながら、ニーズに該当するものは行うべきという判断になります。

十善十悪

仏教では善悪な基準をそれぞれ10項目ずつあげています。

□十悪

体による悪

  • 1.生き物を殺すこと
  • 2.盗み
  • 3.五欲に溺れること

言葉による悪

  • 4.嘘をつくこと
  • 5.相手が傷つく言葉をつかうこと
  • 6.人との関係を割く話しをすること
  • 7.無駄話をすること

思考による悪

  • 8.常識を超えたの欲
  • 9.常識を超えたの怒り
  • 10.誤った考え方・ものの見方

この中で体→言葉→思考の順で、悪が強くなります。

□十善

体による善

  • 1.生き物を殺さないこと
  • 2.盗みをしないこと
  • 3.五欲に溺れないこと

言葉による善

  • 4.嘘をつかないこと
  • 5.人が傷つく言葉を使わない
  • 6.人との関係を割く話をしないこと
  • 7.無駄話をしないこと

思考による善

  • 8.常識を超えた欲を持たないこと
  • 9.常識を超えた怒りを持たないこと
  • 10.誤った物の考え方・捉え方をしないこと 

こちらも、十悪と同じく体→言葉→思考の順で善が強くなります。

慈悲喜捨

慈悲喜捨とは、以下の4つの項目を意味します。

慈(メッター)
⇒親友や我が子に抱く
”ただ幸せであってほしい”という気持ち

悲(カルナー)
⇒親が子どもに抱く
”苦しみを取り除いてあげたい”という気持ち

喜(ムディター)
⇒自分以外の生命がうまくいっていることを自分のことのように喜ぶ

捨(ウペッカー)
⇒他の生命の平等に観ること

これら4つの判断基準で決断すれば、特に人間関係のなかで失敗することはほとんどなくなります。

参考記事:
慈悲の瞑想のやり方・効果-マインドフルネスとの関係性

まとめ

マインドフルネスや仏教の判断基準を取り入れることで、優柔不断を克服することができます。

感情的ではなく、理性的に考えることで、正しいであろう判断はできます。しかし、外側の結果を達成することは、正解でも不正解でもありません。

どちらかといえば、必要・便利程度に留めて置かないと欲が暴走する危険もあります。

重要なのは、正しいことをするのではなく、正しく行動することです。正しい何かがあるのではなく、自分の行為には正負は成り立つのです。

そして、それは自分で理解して、自分の意志で自由に選択するものなのです。

参考記事:
ACT(アクト)で人生の価値を明確にする質問集

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teshy
マインドフルネス実践者/Webライター(公認心理師運営サイトのライター)

幼稚園から小学校4年まで学校では一言も話せない状態を経験。その後15年間、対人不安、強迫観念などの症状に悩まされる。マインドフルネスと出会い、これらの症状とうまく付き合えるように。現在では、マインドフルネスの発信をしつつ、原始仏教の実践にも取り組んでいる。※仏教は超初心者です
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