やりたくないことをやるのが社会!という主張を聞いたことは誰でもあるでしょう。
この意見は確かに一理ありますが、それを真っ向から真に受けると、危険な側面もあります。
今回は、心理学ライター5年、瞑想実践歴7年の私が「やりたくないことをやるのが社会!」という意見についての考え方を書いていこうと思います。
Contents
やりたくないことをやるのが社会が正しい理由
社会とは仕事のこと、仕事とは基本的にやりたくないこと。なぜなら、やりたくないことをやってくれることに人はお金を払うからです。
例えば、
- 掃除
- 道路工事
- 家を建てる
- 事務作業
- コンビニの定員
- 農業
- 医者
- ライター
など、社会で必要不可欠とされている仕事はどれも地味な作業がほとんどです。
今では誰もやらなくていいように、単純作業を自動化する人工知能まで開発されています。
また学生であっても、何の役に立つかわからない勉強をわけもわからず取り組まなければなりません。
生きることは苦という真理
2600年前、仏教の開祖であるゴータマ・シッタールダは「生きることは苦しみである」と断言しました。
なぜなら、生きることによって避けられない苦しみが生じるからです。その有名な教えが、「生老病死」です。
- 生まれることの苦しみ
- 老いることの苦しみ
- 病にかかることの苦しみ
- 死ぬことの苦しみ
この4つはやりたい、やりたくないにかかわらず誰にでも訪れるもの。
それでも生きることには楽しいこともあるじゃないか!という意見も持たれるかもしれません。
その通りですが、楽しみは持続せず、時間が経てば依存や不満に変わり、楽しみが得られないときの「苦しみ」となって現れるのです。終わってみれば、楽しみを得る前の方が、精神的には充実していた…という皮肉めいた結果となってしまいます。
つまり、仮にやりたい仕事についたとしても、一時的に刺激や興奮があっても、結果地味な作業ばかりで、やりたくないことはから逃げることはできないのです。
やりたいことをやれ!と言ってる人もやりたくないことをしている
世の中には、「好きなことで生きでいきていく」「やりたいことをやれ!」というインフルエンサーの発言が目立っています。
しかし、こうした人達も実際には、やりたくないことを必ずしています。
- 地味な動画編集作業
- アンチコメントを書かれる
- 複雑な人間関係
などやりたいことのなかでも、必ずやりたくないことが出てきます。また100歩譲って、作業自体がすべてやりたいことだとしても、仕事をやり続けるための健康管理は欠かせません。
なので、好きなものばかり食べるわけにはいきませんし、適度に運動も心がける必要があります。さらに、やりたいことを仕事にするにしても、就職するなら面接したり、履歴書を書いたりしなければなりませんし、起業をするなら、様々な事務的な書類を書かなければなりません。
しかし、先ほどの生老病死の視点からいえば、いくら障壁を乗り越えても、最終的には体は機能を失い、やりたいことができる自由はなくなってしまうのです。
しかし、やりたくないことをやるのも危険
嫌々やると、百害あって一利なし
やりたくない、嫌なことも仏教では「怒り」と捉えます。
怒りの気持ちを抱えながら行動すると、
- 周囲と衝突が起きたり
- 仕事は手抜きになったり
- ミスが多くなったり
と丸でいいことがありません。
仮に怒りの気持ちで、質の高い仕事ができたとしても、自分の心の中には常に「不満」が渦巻いているため、心が満たされることがありません。
常に誰かと比較して、誰かに嫉妬して、生きていくことになります。
また、そうしたミスをしやすくなったり、他人と比較したりということが、さらに怒りを増やしていきます。これによって、どんどん心が消耗してしまうのです。
ストレスフルに仕事をすると、健康も害する
仕事上でのストレスは専門的には、「職業性ストレス」といいます。
職業性ストレスは、健康被害も大きいことがわかっています。国家衛生安全委員会によると、長期的な欠勤は職業性ストレスが原因であると報告されています。
職業性ストレスの症状は身体的、心理的なものが含まれます。
身体的な症状には、
- 倦怠感
- 筋肉の緊張
- 頭痛
- 動悸
- 不眠症
などがあり、これらは健康に直接影響を及ぼします。
心理的な症状としては、
- うつ
- 不安
- 落ち込み
- イライラ
- 認知障害
が挙げられ、これが職務のパフォーマンスや人間関係に悪影響を与えることがあります。
職業性ストレスは、仕事上、「やりたくないこと」「嫌な状態」から避けられないことで生じるのが一般的です。
同僚や上司との関係の衝突、絶え間ない変化、雇用の不安定性なども、職業性ストレスを引き起こす原因となります。
やりたくないことをやるのが社会と思うと…
つまり、やりたくないことをやるのが社会だ!と思って、我慢に我慢を重ねると、
- いい仕事はできない
- 心は疲弊する
- 健康を害する
ということで、社会にとっても自分にとっても迷惑な結果となります。
やりたくないことをやるのが社会!は真理ではあるけれど、それをネガティブな気持ちで捉えると様々な損害を被ってしまうのです。
やりたくないことをしつつも、ストレスから解放される方法
それでは、私たちは避けることができない苦しみに飲まれて、心身をすり減らしながら生きていくしかないのでしょうか。
いえ、そうではありません。こうした苦しみへの対処法が仏教や心理学では提唱されています。
1.価値観に沿って行動する
価値観とは、「自分がどう在りたいか」という根源的な欲求のことです。
え、それってやりたいことでは?と思うかもしれませんが、価値観は「何をしたいか」ではなく、「どう生きたいか」という基準です。
つまり、外側の活動は関係なく、どんな時でもその価値観に沿って行動することができます。例えば、「成長を大切にしたい」という価値観があれば、上司に怒られている時でも、
- ここで委縮しすぎずに誠実に対応できれば、自分の成長を実感できる!
と苦しい状況に遭遇しても、価値観と結びつけることで、それを乗り越えやすくなるのです。
ちなみに仏教では、「我慢や苦行はするな!それよりも『忍耐』しろ!」と教えられています。我慢は嫌々やることであり、忍耐とは自分の心を成長させるための実践だと思ってやることです。
前者は状況をネガティブに捉えていますが、後者は状況をポジティブに捉えています。このように、人生で大切にしたいことと結びつけると、それは単なる苦しみではなく、意義深い人生のために乗り越えるべき障壁になるのです。
価値観を見つける方法を知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
2.良い悪いの評価を手放す
もう1つの方法は、良い悪いという評価を手放す練習をするということです。これは当ブログのメインテーマである「マインドフルネス」です。
マインドフルネスとは、
- 今ここの体験をいい悪いと判断せずに意識することです。
例えば、「自分はダメ人間だ…」という思考が浮かんだら、「あ、今自分はダメ人間だという思考が浮かんだな」といい悪いの評価をつけずに、客観的に確認していきます。
そのほかにも、ただ自然と呼吸が繰り返されている感覚や、歩く時の一歩一歩の感覚。また、痛みや暑さ、寒さも「痛みがある」「熱を感じる」などと客観的に見つめていきます。
良い悪いとは、突き詰めれば主観に過ぎず真実ではありません。先ほどの価値観によって、物事の捉え方が変わるように、私たちは自分の主観によって事実の善悪を決めているのです。
そこで、善悪の基準を手放すことで、偏らずに冷静な物事を見つめることができます。この実践を深めることで、物事の現象がありのままに観れるようになり、
- やりたいことが、苦しみを生み
- やりたくないことも、苦しみを生む
などのことがわかっていきます。すると、精神的に落ち込んでしまうと思いきや、こだわりや執着が消えて、深い安穏や落ち着き、安らぎが得られると言われています。これが、仏教のいう悟りの境地です。
しかし、もちろんそこまでとは言わずとも、マインドフルネスを実践することで、ストレスが減ることが科学的にも証明されています。
今この瞬間を意識するというだけでも、精神的な悩みはかなり少なくなるので、ぜひ試してみてください。
マインドフルネスについてさらに詳しく知りたい方は、下記をご覧ください。
【マインドフルネス】瞑想法の種類を一覧で解説!使い分けを学ぼう
3.喜びを見いだす能力を鍛える
ブッダは「生きることは苦しみ」だと断言しましたが、だからといって苦しんで生きろとは言っていません。
むしろ楽しく生きることを強調しています。ここでいう楽しみとは、ディズニーランドに行くような興奮とは違います。こころが落ち着くことによって、得られる楽しみです。
こうした楽しみは、マインドフルネスを深めることによっても得られますが、自分の創意工夫によっても得ることができます。
例えば、
- 掃除してみるみる綺麗になっていくことを喜ぶ
- 皿を1枚洗い終わったことに達成感を感じる
- ⚪︎分までに終わったら勝ちとゲーム化してみる
- 世の中の矛盾点を探して微笑んでみる
などが挙げられます。先ほどお伝えしたように、自分の捉え方次第で面白く世の中を見ることもできます。
状況が苦しいものでも、工夫次第では喜びを感じることができるのです。
どの道苦しいならやりたいことチャレンジするのもあり
上記に自分の内側を変えることで、苦しい状況を充実したものに変える方法をお伝えしましたが、この3つはどれも長期的な実践が必要になるものです。一朝一夕でやりたくない苦しみが解放されるわけではありません。
やりたいことがあるのに、それを抑えてやりたくない状況を忍耐しても、心の中にずっとストレスが燻りつづけてしまいます。
そこで、もし現実な面も考えて、チャレンジしてみたい!という気持ちが強くあるのであれば、やりたいことを仕事にするのも1つの手でしょう。
悔いのない人生を生きよう
その中で自分のベストを尽くした結果、うまくいかなければ、それはそれで「やり切った」という充実感を得ることができます。
また結果が芳しくなくても、その過程で努力した分のスキルや能力は無駄にはなりません。それらを活かせば、また新しい道が見えてくることもあるでしょう。
生きることは苦しみ。この事実を知った上で、やりたいことをやっても、どうせやりたくない状況に陥るのだと考えれば、大きな挫折感や喪失感を覚えることもないでしょう。
最後に重要なのは一瞬、一瞬悔いのない人生を生きることです。もし、その過程で苦しみに遭遇した場合には、この記事で紹介した方法を実践してみてくださいね。
・やりたいことをやるべき?
・やりたくないことをやるべき?
・心理学と仏教の視点から考える結論